言葉の世界

言葉から、世界を知り、世界を創っていくブログ

【ⅰ(アイ)】西加奈子「「みんな同じ」という「  」の中にみんなで入れられているようなものだった。」

【ⅰ(アイ)】西加奈子

 

本の学校は属すということにかけては、これ以上なく適した場所だった。

アイの入学した私立の中学は同じ制服があり、同じ体操着があり、同じ給食があった。

「みんな同じ」という「  」の中にみんなで入れられているようなものだった。そしてそれは、アイに安心を与えた。

 

 

 

属す。

自分を亡くす。

 

それには、

学校って本当便利だった。

 

 

学校が苦痛でもなんでもなく

馴染んだ私にとっては

学校に合わせればよいだけの環境は

とても楽だったのかもしれない。

 

 

 

うまいこと、学校のルールを見つけて

そこに合わせてさえいれば

優等生になれるゲームみたいな。

 

 

 

そして、

「みんなと同じ」という安心感は

とてもとてもあった。

 

 

 

みんなが、

半数以上が、

 

または先生が、

 

YESというほうを選びさえすれば

物事はうまく進んでいく。

 

 

 

次第に、

自分が何が好きで

何をしたいのかの

個性を無くしていった気もするけど、

 

 

個性を無くして

人に合わせることが

ある意味、わたしの個性でもあったから

学校は、わたしにとっては

安全で安心で、

楽な居場所だったように思える。

 

 

 

 

人と違うと

何だか不安になっていたあの頃。

 

 

 

好きなものさえ

自分を出すことはできずに

世の中で人気のあるものを

好きとしていた時だってある。

 

 

 

それでも、

何も考えないで

自分という存在と向き合わないで

合わせていれば流れていく

あの、安心感に

ずっと浸っていたのかな、私。

 

 

 

今だって、

人との共通点を見つけると

とても安心をする。

 

 

あ、一緒だ。って

思うだけで、

ひとつの壁をクリアする。

 

 

 

反面、

自分という

ただ一人の存在を確かめたくて

誰とも違う、

わたしだけの部分を知りたくなる時もある。

 

 

 

学校に通っていたあの頃は、

一緒だと思いたい割合が

9割以上だったから

学校という場に何も疑問ももたず

流れて日々を過ごしていたんだな。

 

 

 

とかいいつつ、

高校生の時とか

カラーシャツやポロシャツを着たり、

柄の靴下をはいたりと

違う自分も主張しながら

うまく馴染んでいたんだけどね。笑

 

 

 

 

今はもう、

同じように学校には

通えないかもと思った29歳でした。

 

 

 

 

i(アイ)

i(アイ)