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【食堂かたつむり】小川糸「みんな、濁り具合の程度の差こそあれ、心の中を満たしているのは泥水だ。」

【食堂かたつむり】小川糸

 

私はほとんどの人や生き物を愛することができる。けれどたったひとり、おかんだけは、どうしても、心から好きにはなれなかった。おかんをうとましく思う気持ちは、その他すべてを愛するエネルギーと同じくらい、深くて重たいものだった。それが、私の本当の姿だった。

人は、いつも澄んだ気持ちでなんかいられない、と思う。

 みんな、濁り具合の程度の差こそあれ、心の中を満たしているのは泥水だ。

 

 

 

わたしの体液も、泥水なんじゃないのか。と

思うことがある。

 

サラサラの鮮血ではなくて

ドロドロの濁った血が流れているんじゃないかと。

 

 

透き通っていたいけど

透き通っているだけじゃないよね、人間って。

 

 

ドロドロと

泥臭い部分があるんだ。

 

 

それを

認めたくなくて

ないことにしてるから

話が難しくなるんだけど、

 

 

認めてさえしまえば

濁った水はろ過していける。

 

 

 

避けようとするパワーは

向かい合うパワーと同等の力がある。

 

向かい合うよりも

もっと大きいかもしれない。

 

 

人は

向かっていく生き物だと思うから。

 

 

本当は

誰とでも分かり合いたいし

愛したい。

 

 

けど、

できないとなったら

避けるしかない。

 

 

 

やりたいのに

やらないことへ方向をシフトする。

 

 

 

どうしても好きになれない人を

好きになること。

 

 

 

好きになれない

その自分の気持ちを

クリアにしていくこと。

 

 

ドロドロをサラサラにしていくこと。

 

 

 

好きになりたい。

という気持ちを認める。

 

 

なれないなら

はじめは

とことん嫌いになればいい。

 

好きになれない。って

中途半端にいるくらいなら

これ以上なれない!度合いまで

嫌いになればいい。

 

 

そうしたら、

嫌いから反転しはじめるから。

 

 

 

中途半端にいるから

つらいんだ。

 

 

 

泥水も

中途半端な泥水で

なんとか飲めるレベルだから

そのままでいるの。

 

 

でも、

もう飲めないくらいの

汚い泥水になってしまったら

キレイにせざるおえなくなる。

 

 

人は

そこまで緊急にならないと

動けなかったりするんだ。

 

 

 

動けるなら

もう、動いているからね。

 

 

 

好きになれないなら

とことん嫌いになろう。

 

 

とことん嫌いになるのも

とことん好きになるのも

結局は向き合ってることになるから。

 

 

 

 

 

 

([お]5-1)食堂かたつむり (ポプラ文庫)

([お]5-1)食堂かたつむり (ポプラ文庫)