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【15歳の寺子屋 ひとり】吉本隆明 「せめて文字にして残そうと」

【15歳の寺子屋 ひとり】 吉本隆明

 

なんだかうまくいえない。いうにはいったけど、相手にわかってもらえた気がしない。もやもやしてやりきれない気持ちになることが、みなさんにもきっとあるでしょう。

それで僕は、自分がいいたかったことを紙に書いて残すことにした。せめて文字にして残そうと。そうすれば、あとで自分で見て「あの時はこうだったな」とわかるし、もしかしたら人が読んで「ああ。こういう気持ちなら自分にもよくわかるよ」って思ってもらえるかもしれない。

 

 

 

『うん、うん、うん。』

大きな頷きが3回。

首を縦に思いっきり動かした。。

 

 

 

もやもやして

やりきれない気持ちになること、

わたしもあります、あります!!!

 

 

 

で、

そんな時は文字に残します。

 

 

 

4,5年前から

自分の考えたことや思ったこと

学びやメモを書くノートは

数えれば40冊をこえていた。

 

 

どれだけ

書いてきたのかと驚きです。

 

 

それだけの冊数を

文字として残してきたということ。

 

 

 

ブログに書くのは

もう少し整理された気持ちだと思っています。

 

 

やっぱり

公に読まれることをどこかで意識しています。

 

 

自分の想いを

そのままに書いていることに変わりはないけれど

ノートのごちゃごちゃ感と比べたら

ブログの言葉は整理整頓されている。

 

 

 

 

ノートは

わたしだけのもの。

 

 

 

あーーーー!!!

もうーーーー!!!!!

 

わかんないよー。

 

 

と嘆いた殴り書きのページがあったり、

 

 

言葉にすらならない

ただペンをグルグルと

1ページが黒一面になるまで

グルグルグルグルグルグルグル

しているページもある。

 

 

 

文字(時として、文字ではないこともあるけど)

として残すことで

確実に振り返ることはできるようになった。

 

 

 

後から見たら

アホらしくなるくらい

くだらないことで

泣いていたと思う事だってある。

 

 

けれど

文字として残っている

わたしの痕跡は

あの時のわたしは

真剣に悩んでいたということを

教えてくれる。

 

 

 

忘れかけてた想いを

過去のわたしを、

 

今のわたしと合わせることで

新しく書き出せる文字がある。

 

 

 

ノートの文字は

アナログの文字たち。

 

大小さまざま。

縦書きも横書きも

斜め書きもクルクル書きだってある。

 

同じ文字は二度としてかけない

アナログの文字。

 

 

 

ブログの文字は

デジタルの文字たち。

 

「あ」という文字をうえば

形が全く同じコピーが生まれる。

同じ文字の繰り返し。

 

文字の配列によって

言葉が文章が誕生しているんだけどね。

 

 

 

 

ブログの文字として

こうして書くことで

言葉は新しい表現へと

かわっていく。

 

 

 

 

誰かにむけて

書いているかもわからない言葉たち。

 

 

 

特に、

本ことばは、

わたしの好きな本のフレーズを

ただ抜き出して

 

そのフレーズに対して

わたしが何を想ったかを

 

ただただ書いていくだけのもの。

 

 

 

 

でも、

書いて残った文字が

もしかしたら

知らない誰かに届いて

「ああ、この気持ちわかるな」と

思ってもらったら

うれしいなぁ。とも思ってるのであります。

 

 

 

だから、

わたしは今日も

自分の想いをカタチのある文字にして

足跡をつけていくのです。

 

 

15歳の寺子屋 ひとり

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